語り継がれる空間「京都の銭湯」

 

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京都ーこの街に住み始めてもう30年以上の年月が流れた。単身赴任で色んな街で一人暮らしをした時もあったが、この街が一番落ち着く。仕事で近郊の大阪などに行ってトンボ返りでこの街に戻ると、ほんのり薄いオレンジ色の甘いキャンディの様な京都タワーが出迎えてくれる。もちろん食べたりはしないが、何だか気持ちが「ホット」するから不思議だ。田舎の町で生まれ育ったのに、生まれてからずっと住んでいるかのように感じてしまう瞬間だ。

節分も過ぎ、春になるのを待つこの街は、はんなりしている。艶めく季節の前の静かに時が流れるこの街が、私は一年の中で一番好きな「京都」だ。ちょうど冷たいお酒を飲んで、ほんのり赤ら顔になる前の女性をみているようだ。

当然ながら、季節は冬の真っ只中。そして、京都の夜は寒い。底冷えがするのは、太古の昔から、琵琶湖の水が盆地の下深くにしみ込でいるとのこと。伏見の酒蔵では、地形を利用した自然の力で約100年掛けて濾過され、少しづつ上がってきた地下水を使って清酒を醸造する。だから寒い冬には地下水が冷え、その上に在る街は夏の日のヒノキの桶の氷水に入れられる冷酒状態だ。凛とした冷たさがあるわけだ。

第二次世界大戦の戦禍を免れたこの街には古い銭湯が多い。入浴券を番台に置き、入って行くと懐かしい昭和の時代にタイムスリップ。レトロなモノがいっぱいある。一番目を引くのは黄色いケロリン桶の洗面器だ。湯気が漂いまくる浴場にはとてもよく目立つ存在だ。”パイン飴”と同じ位の黄色い桶も昨年で生産が中止された。家庭でお風呂が普及したためだ。時代の流れ。そのままでいい。そう、無くなって行くままでいい。時を経て、思いを美しく残すためには。

掛け湯を足にゆっくりと何回も何回もすると、足の中でプチプチが弾けてサイダーのようになる。血流が良くなりシュワシュワだ。全身クマナクかかり湯をする。湯船に入る前に無造作に置いて響くケロリン桶の「カランカラン」は、持ち込む洗面器では出せない音だ。浴槽のハシッコに腰かけて半身浴。女湯から聞こえてくる「京言葉」のカン高い声は心地良いBGM。そして、「京都無形文化遺産」だ。それはそれは、普段着の京都を味うことができる。

京都極楽銭湯読本